一角獣を捕まえることができるのは、少女だけ

ドレスChant des Licornes
まずはこのドレスの主役とも言うべき、一角獣について語りましょう。一角獣は紀元前から語り継がれていた幻獣のひとつで、額からねじれた角が突き出す、羚羊の足を持つ白い仔馬と言われていました。性格が獰猛で、旧約聖書の「ノアの方舟」の話には、舟に乗せられたものの周囲の動物を突き回し、結果ノアに海に捨てられたという後付けの民話も……。唯一処女には優しく、見つけるとその膝の上に擦り寄っていくので、少女だけが捕えることができる幻獣ともされていました。捉えられた一角獣の角は、あらゆる病気を治す力があるとされ、解毒剤として有効に使われたとか。

左:「一角獣」マールテン・ド・フォス作、1572年、シュヴェリーン州立博物館蔵
右「処女と一角獣」ドメニキーノ作、1602年、パラッツォ・ファルネーゼ蔵
近年では「ゆめかわ」ブームがあって以降、子供のための可愛いメルヘン幻獣としてグッズになるなど、皆に愛されていますね!獰猛には見えません。
湖に浮かぶ白亜の城に、「夢の動物園」のお部屋が
さてこのドレスに描かれた一角獣は、もともとドイツの城に飾られていたもの。1572年にマールテン・ド・フォス(ベルギー出身、1532-1603)という画家が10点の動物の連作の一つとして描き、湖の中の島に建てられたシュヴェリーン城の城の「夢の動物園」として部屋を飾りました。
この城は「北のノイシュバンシュタイン城」「おとぎ話の城」とも称されているメルヘンチックな城で、2024年にユネスコ世界文化遺産に登録されています。

左:「マールテン・ド・フォスの肖像」アイギディウス・サテラー作、メトロポリタン美術館蔵
右:「シュヴェリーン城、東から空撮」カーステン・シュテーガー
今はシュヴェリーン城のすぐ近くの、やはり宮殿のようなシュヴェリーン州立博物館に飾られています。どちらも「純粋さ」「貞潔」「奇跡」の象徴ともされる聖なる一角獣にふさわしい居城ですね!
偶像破壊の時代を経て、絢爛豪華な花を描く時代に
さて次にはプリントされた「花」について。西洋のキリスト教圏では、絵画といえば一番立派だとされていたのは、聖書、歴史、神話に出てくる著名な人物を描いたものでした。この服に配置された花などが主役として描かれだしたのは、17世紀以降。キリスト教圏で「偶像崇拝」を良しとしないプロテスタントが力を持ち、聖画や聖像が破壊された後の時代です。プロテスタントが多く、かつ貿易国としてナンバーワンだったオランダやフランドルで花などの「静物画」が多く描かれ流行しました。それほど価値が見出されないのか、西洋絵画の歴史本にはあまり紹介されませんね。でも少女の心を持つ女性の気持ちを満たすのは、こんな美しい花や愛らしい幻獣だと思います。

ドレスChant des Licornes
この愛すべきモチーフの下に、さらに18世紀に王侯貴族にもてはやされた、亜麻で作られた最高級ベルギー製レースをイメージしたプリントがされていて、まさに乙女のためのドレスとして仕上がっています。

左:「花のある静物画」ハルマヌス・ウッピング作、1789年
右:プリントレース模様
執筆:鈴木真理子
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ー参考文献ー
「アクセサリーの歴史事典」K.M.レスター&B.V.オーク著/八坂書房
「鑑賞のための西洋美術史入門」早坂優子著/視覚デザイン研究所
「幻獣辞典」ホルヘ・ルイス・ボルヘス著/河出書房新社
「西洋絵画の楽しみ方完全ガイド」雪山行二著/池田書店
「テキスタイル用語辞典」成田典子著/テキスタイル・ツリー