" Tenderesse(JSK)" Art Column-

 16世紀に空中ステッチから始まる、レースの歴史

  フランス語でTenderesse(優しさ)と名付けられたこのドレスはほぼ全面、機械レースの中で最も高級とされるリバーレースで作られる、あまりに贅沢なもの。今回は「糸の宝石」とも呼ばれる至極の手工芸品からスタートした、レースの歴史についてお話しします。

16世紀の「レティセラ」と呼ばれるレース/1911年発行/「ブリタニカ百科事典」より

 今私達が考えるような欧州のレースが生まれたのは16世紀頃。織物から糸を数本抜いて枠とし、そこに刺繍する「プント・イン・アリア(空中ステッチ)」などが誕生し、それが今あるレースの原型となりました。そしてレースはまず教会で、次に男女ともに王侯貴族の首元や袖口を飾るように。そんなレース製品はとびきりの贅沢品の一つで、レース1mの価格は職人の年収に相当したとか。レース作りの技術はベルギーやフランス他欧州各地に広まり、様々なデザインで生産され、富裕層全体の間で使われるようになります。

左:「英国女王エリザベス一世」/ウィリアム・シーガーまたはジョージ・ガワー画/1585年. 大きなラフ(ひだ襟)とカフスは全てレース
右:「ポンパドール夫人」一部/ブーシェ画/1756年. 袖口のアンガジャントは、レースがレイヤードで使われているもの

産業革命が起きて、機械レースに移り変わっていく

  しかし手工芸レースの黄金時代は18世紀で一旦終焉を迎えました。華美なレースより簡素なものを好む流行の波が押し寄せてきた上、1789年にフランス革命が起きて貴族の贅沢品とみなされていたレース飾りは見向きされなくなったからです。さらに英国で産業革命が起きて、コストが高い手工芸レースはいったん衰退への道を辿り始めます。

ボーダーデザインのニードルレース。ドイツ・エルツ地方、手工芸品/1884年/ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵

  こんにち私達が手にするレースのほとんどは19世紀以降に生まれた機械レース。手工芸レースは産地などによって名前が付けられていましたが、機械レースは機械によって名前を付けられるようになります。織り機のリバーレース、リバーを模倣して作られる編み機のラッセルレース、刺繍機のエンブロイダリーレース、組んで作るトーションレース。この中で最も高価で希少なレースがリバーレースなのです。

 その歴史は古くなんと産業革命の時、1813年に英国のエンジニア、ジョン・リーバースが作ったリバースマシーンから生まれたものです。

ジョン・リーバース、1826年 

F-リバース機/1904年

世界に150台ほどのリバーレース機から生まれる「レースの女王」たち

 髪の毛より細い糸を撚り合わせて作るリバーレースは、手工芸レースのクオリティに限りなく近づけて作ることができるけれど、使っている機械は70〜100年以上前のアンティーク(機械自体の生産が1960年代に終了している)。なのでレース制作には大変手間が掛かるのです。また現在世界中で稼働している機械は150台ほど。日本の栄レースが中国に工場を置き87機、そのほかは欧州の数社が所有してリバーレースを作っているそう。これらのレースはパリのランウェイに出るようなハイブランドによっても使われています。それゆえに「レースの女王」とも呼ばれています。

 リバーレース機が稼働している様子(近年のもの)

 https://www.youtube.com/watch?v=y5uX143hx38

かつての貴族のような気分になって着て欲しい

  実は今回のこのドレスのレースも栄レースのもの。アンティークレースも大好きなJuliette et Justineのデザイナー中村真理が、「どうしても最高級のリバーレースを使ったドレスを作りたい」と商品化に至ったものなのです。繊細で可憐で儚げなようでいて、凛とした美しさを誇る高貴なレースの魅力を、皆様と分かち合うことができたら、という気持ちを込めて……。

ガーランドやフェストゥーンが織られていて、宮廷の庭にいるような気分に


執筆:鈴木真理子

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参考文献

「アクセサリーの歴史辞典(下巻)」K.M.レスター&B.V.オーク著/八坂書房

「アンティークレース」市川圭子著/河出書房新社

「ゴシック&ロリータ語辞典」鈴木真理子著/誠文堂新光社

「世界のかわいいレース」矢崎順子編/誠文堂新光社

「テキスタイル用語辞典」成田典子著/Textile Tree

「ヨーロッパのテキスタイル史」辻ますみ著/岩崎美術社

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